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大阪地方裁判所 平成8年(ヨ)1953号 決定 1996年12月17日

債権者

永山徳こと

康徳

債権者

華山日安こと

金日安

右債権者ら代理人弁護士

三好邦幸

(他七名)

債務者

丸萬産業株式会社

右代表者代表取締役

文原萬一

右債務者代理人弁護士

廣田稔

右当事者間の平成八年(ヨ)第一九五三号地位保全等仮処分申立事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一  債権者らが、債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者康徳に対し、金一九三万六一一〇円及び平成九年一月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、金五一万七〇九〇円を仮に支払え。

三  債務者は、債権者金日安に対し、金一六五万二三八〇円及び平成九年一月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、金四三万五九五〇円を仮に支払え。

四  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

五  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  主文第一項と同旨

二  債務者は、債権者康徳に対し、金五二万円(平成八年四月分から七月分までの賃金カット分)及び平成八年九月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、金五一万七〇九〇円を仮に支払え。

三  債務者は、債権者金日安に対し、金四八万円(平成八年四月分から七月分までの賃金カット分)及び平成八年九月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、金四三万五九五〇円を仮に支払え。

四  債務者は、平成八年八月末日及び一二月末日限り、並びに平成九年以降本案第一審判決言渡しに至るまで、毎年八月末日及び一二月末日限り、債権者康徳に対し、金四一万三六七二円の、債権者金日安に対し、金三四万八七六〇円の各金員を仮に支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実関係

1  債務者は、宅地造成及び建物の建築設計並びに施工、不動産の売買仲介及び賃貸並びに管理経営、レンズの製造及び販売並びに輸出入業、遊技場の経営等を目的とする株式会社であり、その系列会社に、株式会社ダイヤモンド観光(以下「ダイヤモンド観光」という)、加門興産株式会社(以下「加門興産」という)等があり、ダイヤモンド観光は、不動産の売買仲介及び賃貸並びに管理経営、旅館の経営、ホテルの経営、遊技場の経営等を目的とする株式会社であり、加門興産は、宅地造成及び建物の建築設計並びに施工、不動産の売買仲介及び賃貸並びに管理経営、ドライブインの経営、レストランの経営、ホテルの経営、遊技場の経営、金融業等を目的とする株式会社である。

2  債権者康徳(以下「債権者康」という)は、昭和五八年四月一日、債権者金日安(以下「債権者金」という)は、昭和六一年一〇月一七日、それぞれ債務者に入社し、平成八年七月当時、債権者康は、ダイヤモンド観光のホテル部門でホテルの総合管理の業務に、債権者金は、加門興産の飲食店部門で仕入れ、配送の業務に、それぞれ従事していた。

3  債務者の債権者らに対する給与の支払いは、月末締めの翌月五日払いであり、債権者康の平成八年一月分ないし三月分の平均給与は、月額金五一万七〇九〇円、債権者金の平成八年一月分ないし三月分の平均給与は、月額金四三万五九五〇円であった。

4  ところが、債務者は、債権者らに対し、平成八年四月分の給与から「役職手当」及び「その他手当て1」という名目で支給されていた金員を削減し、債権者康については月額金一三万円を減額した月額金三九万七四一〇円を、債権者金については月額金一二万円を減額した月額金三二万五五五〇円を、それぞれ支給した。

5  債務者は、債権者らに対し、平成八年七月一一日到達の書面により、同年八月一一日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

6  債務者は、平成八年九月五日、同年八月分の給与として、債権者康に対し、金一三万二二五〇円を、債権者金に対し、金九万一四二〇円を、それぞれ支給した。

以上の事実は、当事者間に争いがないか本件疎明資料及び審尋の全趣旨により認められる(書証略)。

二  当事者の主張の要旨及び主要な争点

1  債権者らの主張の要旨

(一) 本件解雇は、客観的合理的な解雇理由はなく、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用であり、無効である。

(二) 債務者の債権者らに対する平成八年四月分からの「役職手当」及び「その他手当て1」のカットは違法である。カットされた「役職手当」及び「その他手当て1」は、七、八年間にわたって毎月支給されてきたもので、賃金の一部であり、企業の業績悪化を理由に従業員の同意なく減額し、しかも全従業員のうち債権者ら二名に限って、減額しており、違法である。

従って、債権者らは、平成八年四月分以降カットされた賃金分の請求権を有するし、又、本件解雇は無効であるから、本件解雇後も毎月五日限り、カット以前の賃金、即ち、債権者康にあっては、月額金五一万七〇九〇円の、債権者金にあっては、月額金四三万五九五〇円の各賃金請求権を有する。

(三) さらに、債権者らは、従来、債務者から月給の八割程度の夏期及び冬期の賞与を支給されていたので、平成八年八月及び同年一二月末日限り並びに平成九年以降、八月及び一二月末日限り、債権者康にあっては、各金四一万三六七二円、債権者金にあっては、各金三四万八七六〇円の賞与請求権を有する。

(四) 債権者康及び同金は、それぞれ妻と未成年の子の四人家族であり、その生計は、債権者らの収入によって維持されているものであるところ、解雇後は、貯金を取り崩し、あるいは借財により生活している。

2  債務者の主張の要旨

(一) 本件解雇は、以下の事由により、有効である。

(1) 債権者康について

<1> 債務者は巨額の負債を抱えていることから、平成八年四月から債務を減少させるべく役職手当、年功手当について見直しないし廃止するという新方針を実行したが、債権者康は、これに従う姿勢がなく、債務者の窮状を理解せずに同月からの役職手当等削減に対し法的手段を取る旨の内容証明郵便を送りつけてきた。

<2> 債権者康は、平成八年五月一日、電話で債務者の代表者文原萬一(以下「文原」という)に喧嘩腰で暴言を吐き、さらに、同月七日にも文原に暴言を吐いた。

<3> 債権者康は、売上金の持参、報告が極めて杜撰で、業務日報も決められた日に提出しようとせず、ホテル管理役員として日曜日の出勤を指示するも従わず、平日でも昼間からマージャン、パチンコに耽っている。

(2) 債権者金について

<1> 債務者は巨額の負債を抱えていることから、平成八年四月から債務を減少させるべく役職手当、年功手当について見直しないし廃止するという新方針を実行したが、債権者金は、これに従う姿勢がなく、債務者の窮状を理解せずに同月からの役職手当等削減に対し法的手段を取る旨の内容証明郵便を送りつけてきた。

<2> 債権者金は、平成八年四月三〇日に辞表を提出するなど仕事に対する意欲を喪失しており、担当の店舗の売上げは減少し、売上減少についての誠意ある報告を怠り、勤務時間等につき債務者の指示に従わない。

<3> 債権者金は、平成八年四月一六日の会議において、文原に対して喧嘩腰の暴言を吐き、会議中に退席した。

(二) 賃金カットについて

(1) 債権者らは、カットされた「役職手当」及び「その他手当て1」という名目で支給されていた金員は、一時的恩恵的に支給していたもので、債務者の業務不振、債務超過があったら当然カットされるものであると了解していた。

(2) 仮に右手当のカットについて債権者らの合意がなかったとしても、債務者の業績不振、債務超過という事情から、当事者間の合理的意思として、雇用主が役職手当及びその他手当を見直して、歩合給的に変更させていくことができる。

(3) 債権者らは、債務者の債権者らに対する業務日報の提出、勤務時間、集金等の職務上の指示に従う姿勢がなく、労務の提供が不完全であるので、債務者は、賃金のうちの基本給部分とは異なる臨時給的な役職手当及びその他手当のカットを当然なしうる。

(三) 賞与について

各期に従業員に賞与を支給するか否か、支給する場合の支給額については、代表者が各部門の各期の成績を見て、その都度決定し実施しているものである。

3  従って、主要な争点は、次のとおりである。

(一) 本件解雇の効力

(二) 債権者らに対する役職手当及びその他手当1の削減措置の効力

(三) 平成八年分以降の賞与請求権の有無

(四) 保全の必要性

第三当裁判所の判断

一  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件解雇の経緯等

(一) 債務者は、バブル経済崩壊の影響を受け、多くの負債を抱え、資金繰りが苦しくなったことから、平成七年一二月ころ、業務体制、給与体系等についての大幅な見直しと改革を図ることを決め、そのため、平成八年一月からは毎月一回、ホテル部門、飲食部門、金融部門等の各部門の責任者を集めて、会議を開いていた。当時、債権者康は、ホテル部門の責任者として、債権者金は、飲食部門の責任者として、右会議に出席していた。右会議において、文原は、各部門の責任者に業務体制、給与体系等の見直しが必要であることを述べていたが、同年四月上旬の会議において、給与からの「役職手当」及び「その他の手当」の削減という案を出した。しかし、債権者らは、右案には、同意しなかった(書証略)。

(二) 平成八年四月一六日、文原は、債権者康、債権者金及びディスカウント店の管理等をしていた三名を呼び集め、会議を行ない、その席上、文原が、加門興産の飲食店部門のお好み焼き店の売上げの減少等の責任が、すべて債権者金にあるように発言したことから、債権者金が、「どういうことですか」と言うと、文原は、「どういうこともそういうことや」と言い、債権者金が、「納得できません」と言うと、文原は、「納得できへんかっても、お前のせいや」と言い、さらに、債権者金が、「社長、首切りたいんでしたら、今、この場で切ってください」と言うと、文原は、「それを決めるのもお前が決めることや」と言ったので、債権者金は、「わかりました。考えさせもらいます」と言い捨てて、会議を途中退席した(書証略)。

(三) 同月二〇日、債権者金は、辞令を渡されたが、その辞令は、債権者金に加門興産の飲食店部門責任者から配送係を命じるもので、さらに、役職手当、その他の手当を減給するというものであった。そこで、債権者金は、同月三〇日、辞表を提出したが、文原から説得されて、辞表を撤回し、配送係として働くことになった(書証略)。

(四) 債権者康は、平成八年五月一日、債務者から「お知らせ」と題する書面を渡されたが、その書面には、平成八年四月分給与より役職手当及びその他手当は全額支給されないと記載されてあった。そこで、同日、債権者康は、なぜ役職手当及びその他手当が削減されるのか説明してもらおうと文原に電話をし、そのやり取りの中で、文原が、債権者康に対し「お前」呼ばわりを繰り返したことから、債権者康は、文原に対し、「誰に、『お前』、言うてんねや」と暴言を吐いた。同月七日、平成八年四月分給与より役職手当及びその他手当が削減された債権者ら及びディスカウント部門の責任者三名は、債務者に役職手当及びその他手当削減の事情を聞きに行き、まず、債権者康のみが、社長室に入り、文原と話したが、債権者康は、文原に対し、「会社のために商標法違反になった。帰化できない。風営の許可がとれない。どうしてくれるんや」などと詰問した(書証略)。

(五) 同月九日、前記ディスカウント部門の責任者三名が、文原に呼ばれ、平成八年四月分給与より削減された役職手当及びその他手当が支払われることになり、平成八年四月分給与より役職手当及びその他手当が削減される者は、債権者ら二名のみとなった(書証略)。

(六) 債権者らは、平成八年六月二〇日、債務者に対し、同年四月からの役職手当等削減に対し法的手段を取る等の内容証明郵便を送り、同月二一日、到達した。債務者は、債権者らに対し、平成八年七月一一日到達の書面により、同年八月一一日をもって解雇する旨の意思表示をした(書証略)。

2  債権者らの勤務状況

(一) 債権者康は、前記のとおりホテル部門の責任者であったことから、平成八年二月ころ、文原から売上金を毎日、債務者本社に持参するようにと命じられ、二、三日に一度、債務者本社に売上金を持参するとともに毎日の売上状況表を渡していた。また、同月、文原から業務日報を毎日、記載し、提出するように、その後、最低、三日に一回は提出するようにとの指示を受け、同月一七日から業務日報を記載し、債務者本社に売上金を持参する際、業務日報も提出していたもので、二月は一回、三月は三日ないし四日に一回、四月は三日ないし五日に一回、六月及び七月は二日か三日に一回という提出状況であった。しかし、五月は記載せず、提出しなかった。さらに、平成七年に文原から日曜日出勤の指示があったが、債権者康は、ホテルの勤務状態から日曜日に休日を取らざるをえなかった(書証略)。

(二) 債権者金は、平成六年四月から同八年四月まで飲食部門七店舗の責任者であったが、同六年四月以前から店舗の売上げは減少していたもので、債権者金は、業績を上げるために売上げ改善の具体策や店舗の修理、改修という案を提出したが、債務者に受け入れられなかった。また、平成八年二月、文原から業務日報を毎日、記載し、提出するように、その後、最低、三日に一回は提出するようにとの指示を受け、同月一五日から業務日報を記載し、二月は一週間に一回、三月は三日ないし四日に一回、五月以降七月まで三日ないし四日に一回という提出状況であった。しかし、四月は記載したが、提出しなかった。さらに、文原の指示に従い、平成六年四月から同八年一月までは債務者本社で午前九時から午後六時まで勤務し、平成八年二月からは飲食店での勤務は、午後四時から午後一一時という夜間勤務をし、日曜日は、殆ど出勤していた(書証略)。

二  そこで、まず、本件解雇の効力について、検討する。

1  債務者は、債権者康について、解雇事由として、第二、二2(一)(1)<1>ないし<3>記載の事由を主張し、また、債権者金について、解雇事由として、第二、二2(一)(2)<1>ないし<3>記載の事由を主張するが、前記一1及び2認定の事実によれば、債権者らについて、債務者主張の解雇事由すべてを認めることはできない。

2  債権者らについて認められる右一1及び2の事実を前提に本件解雇の効力を考えるに、債務者が、債権者らに対し、右一1及び2認定の事実を理由として、解雇をもって処するのは重きに過ぎるというべきであって、結局、本件解雇は、社会通念上相当なものとして是認することはできず、解雇権の濫用にあたり無効というべきである。従って、債権者らは、債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位を有するものであることが認められる。

三  次いで、債権者らに対する役職手当及びその他手当1の削減措置の効力について判断する。

1  賃金は、名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうとされているところ、本件疎明資料によれば、債権者らが、債務者によって削減された本件における役職手当及びその他手当1は、賃金と考えられる。

2  賃金は、労働契約内容の重要な要素であるから、明確な根拠もなく、労働者の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできないものと考えるが、前記一1認定の事実によれば、債権者ら二名のみが役職手当及びその他手当1を削減されており、債権者らが、右賃金の減額について了承していたという事実は認められず、債務者が一方的に賃金を減額したもので、そうすると、本件において、債務者は、明確な根拠もなく、債権者らの同意を得ることなく、債権者らの賃金を一方的に不利益に変更したことは明らかで、なんらの効力をも有しないと考える。従って、債務者は、平成八年五月以降も役職手当及びその他手当1削減前と同一内容の賃金支払義務を免れないものと考える。

四  さらに、平成八年分以降の賞与請求権の有無について検討するに、債権者ら主張の具体的な賞与請求権が発生することについて、主張、疎明とも充分とは言えない。

従って、平成八年分以降の賞与請求権については、認めることができない。

五、保全の必要性について

1  雇用契約上の地位の保全は、健康保険等の受給等のため必要性があるものと認められる。

2(一)  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)債権者康は、昭和三〇年生まれで、妻と未成年の子(中学二年生、小学三年生)の四人家族であること、(2)債権者康の解雇前の賃金減額前の収入は、月額平均五一万七〇九〇円であったこと、(3)債権者康の生計は、債務者から支給される給与によって維持されてきたこと、(4)本件解雇前は、月に三万円を実母に送金していたこと、(5)親族から五〇万円の借財があり、一括返済の予定であること、が一応認められる(書証略)。

(二)  右事実を考え併せると、(1)過去分の賃金として、一九三万六一一〇円(八月分の未払分及び九月ないし一一月分)、(2)将来分の賃金として、平成九年一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、五一万七〇九〇円の金員の仮払が必要であると一応認められる。

3(一)  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)債権者金は、昭和二八年生まれで、妻と未成年の子(中学二年生、小学六年生)の四人家族であること、(2)債権者金の解雇前の賃金減額前の収入は、月額平均四三万五九五〇円であったこと、(3)債権者金の生計は、債務者から支給される給与によって維持されてきたこと、(4)親族から一八〇万円の借財があり、また、二七万円のカードローンの借財があること、が一応認められる(書証略)。

(二)  右事実を考え併せると、(1)過去分の賃金として、一六五万二三八〇円(八月分の未払分及び九月ないし一一月分)、(2)将来分の賃金として、平成九月一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、四三万五九五〇円の金員の仮払が必要であると一応認められる。

六  以上のとおり、本件申立ては、主文第一、二、三項の限度で理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下することとし、事案の性質上、債権者らに担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 榎本孝子)

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